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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和24年(ネ)83号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は原判決中粟生村農地委員会の為した各行政処分の取消を求める請求を却下した部分を除きその余の部分を取消す。昭和二十三年十二月二日被控訴人が控訴人の訴願を棄却した裁決並に石川県能美郡粟生村口、六十九番宅地三十八坪九合五勺の土地の買収及び売渡につき被控訴人が為した各承認はこれを取消す。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とするとの判決を、被控訴人は主文同旨の判決を求めた。

控訴人は粟生村農地委員会は昭和二十一年十二月二十六日の委員会以来数次にわたり土地の買収売渡に関する紛争を避けるため、地主と小作人の協議によりその成立したものにつき買収売渡を為すことを議決したにも拘らず、控訴人の本件宅地につき協議の成立がないのにこれが買収売渡の決定を為したのは違法であると述べ、被控訴人に於て粟生村農地委員会に於て耕地について地主小作人間の協議に基き買収を為したことはあるが、宅地について協議の整つたもののみを買収することを議決したことはない。仮に斯る議決があつたとしても、自作農創設特別措置法第十五条に基く買収を為すに当り斯る協議の成立を要件とするものでないから、本件宅地の買収売渡は適法であると述べた外当事者双方の事実上の陳述は原判決摘示と同一であるからここに引用する。

(立証省略)

理由

昭和二十三年十月二十七日粟生村農地委員会が石川県能美郡粟生村口、六十九番宅地三十八坪九合五勺につき訴外近藤勇の申請に基きこれを買収し同訴外人に売渡す旨の決定を為したこと、控訴人は右決定に対し異議を申立てたが却下せられ更に訴願を為したところ、昭和二十三年十二月二日被控訴人は右訴願を棄却しかつ右土地の買収並に売渡の各決定を承認したこと、右宅地は当時控訴人の所有に属し訴外近藤勇はこれを借受けていたものである、ことは当事者間に争のないところである。

控訴人は、訴外近藤勇は俸給生活をしている者であり、その妻千代子もまたミシン裁縫等をしていづれも農業により生活をしているものでないから自作農創設特別措置法第十五条に基く宅地の買収を申請する資格のないものであるにも拘らず斯る者の申請に基き買収並に売渡の処分を為したのは違法であると主張するを以て案ずるに、成立に争のない乙第一乃至第六号証に原審に於ける証人近藤勇浅井豊作の各証言を総合すると、訴外近藤家は祖先以来農業に従事していたが、今次の農地改革に当り近藤勇は田畑計一畝二十一歩の売渡を受けて自作農となり、現に居村の平均耕作面積を超ゆる五反二畝十七歩の田畑を所有しその母及び妻と共に農業に精進しその一家の主たる所得が農業に依存していることが認められる。もつとも右勇は昭和十九年召集し翌二十年終戦と共に召集解除となりて帰国し同二十一年六月以降石川県農業会又は石川県厚生農業協同組合連合会加賀病院に事務員として雇われ現に給料を支給されていることは原審に於ける証人近藤勇の証言により明らかであるが、右勇の居村である粟生村は県下に有名な急流手取川最下流の沿岸に位して河床よりも低く戸数に比し耕作面積が少ない上に旱害及び水害を蒙ること多くして収穫量も寡少なるため専業農家は稀有に属し大多数の農家は日稼、会社員、その他の副業により生活の資を補つておる状況であり、控訴人自身もその農業の傍ら昭和十三年から昭和二十四年三月頃まで自宅に於て粟生郵便局を開設しその局長の事務を執つていたことは前記各証拠により認め得るところであるから、訴外近藤勇が他に勤務しているとしても居村の農民として通例の事に属するものと謂うべく、しかもその主たる所得が農業にあること前段認定の如くである以上、本件宅地の売渡を受けるの適格なしとする控訴人の主張は理由がない。次に控訴人は粟生村農地委員会に於ては土地の買収に当つては当事者間に協議を為しその成立した場合にこれを買収する旨決議したにも拘らずその協議を経ずしてなされた本件買収は失当であると主張するけれども、成立に争のない甲第二号証によれば、粟生村農地委員会で土地の買収計画を立つるに当り農地については地主と小作人間の協議を経てこれを定めたけれども、宅地については一、二の例を除き大部分は協議を経ることなくその買収を決定したもので、宅地について控訴人主張の如き決議があつたとは認められないから本主張もまた理由がない。又控訴人は本件買収並に売渡の決定は粟生村農地委員会長の不当な措置であると主張するがこれを認むべき証拠がないから本主張もこれを採用することができない。しかして成立に争のない乙第三号証に原審に於ける証人近藤勇の証言及び原告本人訊問並に検証の結果を総合すると訴外近藤勇は嘗てその居住していた家屋の宅地を村道新設のため提供したため昭和八年十一月二十八日以来本件宅地を控訴人より賃借し、翌九年三月現在の家屋を建築したもので、その耕作地と本件宅地とは約二丁を陥つるに過ぎず、本件宅地は右訴外人の農業経営上極めて緊要であることを肯認し得るから、粟生村農地委員会が右訴外人の申請に基いて右土地の買収並に売渡を決定したのはまことに相当であると謂わなければならない。その他控訴人の全立証によるも本件宅地の買収並に売渡が違法であると認むるに足る資料がないから被控訴人の右買収売渡につき与えた承認及び控訴人の訴願を却下した裁決の取消を求むる控訴人の請求は理由がなく、これと同趣旨の原判決は相当であるから本件控訴を棄却することとし、訴訟費用につき民事訴訟法第九十五条第八十九条を適用して主文の如く判決する。(昭和二五年五月二七日名古屋高等裁判所金沢支部)

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